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DATE: 06/20/2008 07:58:13 PM

  朝日放送。在阪局で、もっとも遅くまで移転しなかった放送局。

 長年、大阪の環状線福島の駅から徒歩10分の好立地にあった。

建物の前に着いてもこれがあの準キー局とかと思えるような建物。

初めて行った時は、となりの、過ってのプラザホテルが朝日放送だと思った。

ラジオ、テレビの両放送を発信しているわりに、地味な感じである。



 でもこの放送局は、今まで一番訪問している。

番組も好きなのが多い。

1975年頃は建物一階のサテライトスタジオでのラジオ番組の公開録音に、何度も訪れた。

『恵美子の長いつきあい』の公開録音やテレビの公開録画にも何度か訪れた。

そして最近の一番の想い出は、キャンペーンを終えた『孝子さんの出待ち』のひととき。

ラジオ片手に、警備員さんにも了解を得たものの不審がられながらのドキドキのひととき。

放送終了後の以外にも早い移動に、この時は驚いた。

驚いている間に、どこからかスーと滑り込んで来たタクシーに乗り込もうとした孝子さんに、

全身の力を込めて『孝子さ~ん!』って呼びかけた。

結局一言もお話できずに後部座席に乗り込む孝子さんは、

ほんとうに小柄で、ポスターやコンサートパンフットから受ける『清楚な』感じではなく、

まだ幼い二十歳前の少女ってイメージでした。

 あの時『シアワセ ユキ です』と一言言ってれば、

別の展開があったのかな?なんて今頃になって悔やんでいます。

 なんの公開録音(えみ長?)か忘れたけれど、この社内で迷った事があった。

建物内部の廊下が複雑に入り組んでいて、ウロウロした記憶がある。

また本日のニュース番組の女性アナウンサーも、トイレには、

何やら想い出のあるようなコメントをしていた。

親しみのある放送局である。

シアワセ ユキにとって、いつも空気のような存在で、

なくてはならない物のひとつで今後もこの放送局の存在は大きい。

ひとつの時代が終わり、新しい場所からの放送だけれど、

いつまでも聴取者、視聴者の観点で放送してほしいものです。


 

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 DATE: 06/19/2008 10:13:29 PM ----- BODY:

 Aming復活第二段の新曲のタイトルが、

オフィシャルではなく、BMGジャパンから発表になった。

『未来へのたすき』と『とっても大好き』ですが、B面(古いな~~)のほうが興味ある。

孝子さんらしい題名に、内容もまたまた前向き、一生懸命生きている者への応援ソング。

がんばってね! というものではなく、 何気ない言の葉に生きる勇気を自分自身で見つけ出す、

いつもの孝子さんらしい内容に期待したい。

  http://www.bmgjapan.com/_artist/item.php?id=2227&item=8953

 

  また孝子さんの髪が少しだけ伸びて、またまた可愛くなりました。

少しお痩せになられたような、、、でも一仕事終えた生き生きしたそんな印象です。

 

発売日 7/23まで 待ち遠しいような、少し怖いような、、、。

 


DATE: 05/25/2008 09:58:18 PM

       最近、孝子さんに掛ける時間より恵美子さんに掛ける時間のほうが長い。

そして、、、恵美子さんの声聴いていると、気持ちも何となく~~♪ほんわかしている。

懐かしく、またあの夢中になっていたあの時期にすんなり入り込める。

言い回しも、声の艶めかしさも、元気になるお喋りもあの時のまま(^^ゞ

当たり前だけれど(^u^)

 

 よくよく考えてみると、やはりあの『事件』以来である。

孝子さんの曲名がわからなかった事と、『Aming再結成』。

『大沢孝子捜索』も今の心境と変わらないかもしれない。

『ソロ 岡村孝子』復活まで、しばらくはこんな迷走が続くのかもしれない。

 



DATE: 05/26/2008 04:13:33 PM
 
ユキさんの、孝子さんに対する温かいまなざしは、

“愛”という言葉だけでは語りつくせないような気がします。

孝子さんに対する思慕だけでなく、孝子さんを愛し、

応援しているが故の迷い、孤独感、悲しみ、喜び、感動。

そうした繊細で深い想いを心のままに表現されるその姿は、

読んでいる私の方が、思わず胸が熱くなる時があります。
 
かつて高校時代に“孝子さんが全て”だった頃、

気持ちばかりが空回りして、コンサートで赤っ恥をかいた事。

どんなに頑張って応援しても、

ファンとアーティストの距離感が縮められそうになく、落ち込んだ事。

孝子さんの離婚を期に悩み、さまよい続けた時の事。
 
それでも、孝子さんの歌を聴くと、いつもとても温かい気持ちになれる。

それはやはり孝子さんを“愛している”からなんでしょうね。

そんな「ガラスのかけら握ったような せつない想い」を抱きつつ、

今日も孝子さんを応援し続ける。
 
ユキさんも似たような想いを感じているのではないでしょうか?

かってにユキさんの心の内を想像してごめんなさい。

でも、そんなユキさんの姿にとても共感を覚えます。

なぜか他人ごとじゃないような感じ、といったらいいんでしょうか……
 
しまりのない文になりました。

お互いに、夏のニューシングルを待ちわびながら、

孝子さんを温かく見守っていきましょう。



DATE: 05/26/2008 08:50:56 PM
 
 今井さん、今晩は。

今回の書き込みに関し、少しばかりシアワセ ユキの心の変化をお知らせします。
 
Amingとして活躍されている孝子さんも孝子さんなんだけれど、

やはりなんだかしっくりしないのです。

理屈ではないと思うのです。

『ソロ岡村孝子』はどこか『ドロドロ』とした人間臭さがありました。

それに共感、勇気づけられていました。

でも『amingの孝子さん』はどこか『綺麗に』仕上がり過ぎている、、。

でもこれも孝子さんなんですが、どこか違うのです。

そもそも孝子さんの出会いの『愛がほしい』や

当時買い込んだ『Kiss』までのアルバムたち。

それらの影響が大きすぎます。

『Aming』が大人のクラブ活動なら、シアワセ ユキはしばらくの間、

『過去に愛した女たちの旅』に暫しの時間、彷徨ってみようと思います。

そして『ソロ孝子さん』の事を改めて応援できればと考えています。

またいつの日か『Aming』のこと温かいまなざしで応援できればとも思います。
 
 今の気持ちは決して今井さんが仰るような『温かいまなざし』ではないのです。

自分が考えている『孝子像』と違う、ただそれだけなのかもしれません。

ここ数週間、発売時あれだけ夢中なったのに『Aming』を聴かなくなりました。

『ソロ岡村孝子』と『中山恵美子の番組』しか聴いていないですね。
 
 『Aming』も孝子さんですから、素直に応援すればいいのでしょうが。
 


DATE: 05/23/2008 09:27:17 PM

中山恵美子 

恵美子さんのレコードは一枚も買った記憶がない。

 

エッセイ集を買ったはずなのに、これが無い。

もう処分してしまったのか、それとも押入れの奥の奥から出てくるのか。

いずれしても当時熱をあげていた割に、ポエム投稿したり公開録音に出かけたりだけ。

また番組途中からであるが、放送内容を録音しているというのは、

当時も『収集癖』なる性格が吉として働いたものなのか。

 


DATE: 05/23/2008 09:02:20 PM

 なかなかタイトル通りのようにHappyな事はない。

でも昨晩は久々にそんな気分を味わった。

そしてほろ苦い想い出と、以外だった過去の出来事。

 

 昨晩なんとなく寝苦しかった。

何がどうって事ないけれど、何となく何事にも集中できないし、

孝子さんの曲聴いていてもうわの空。

なかなか寝付かれないので、部屋の片隅の押入れの『開かずのボックス』に手を付けた。

以前開いた物のその下にあった物。

もうかなり黄ばんではいるものの、函に入れていたせいか、幸い虫食いはなかった。

そして『未知の世界』へしばらく入り込んでしまった。

よく懐かしい物が出て来たと言うけれど、それらの物は完全に記憶にない物ばかり。

数点はおぼろげな記憶もあるけれど、ほとんどが『初めて目にする』ものばかり。

実際25年ほど前には、自分の手で保管した物なのに記憶がない。

 

 当時は『恵美子さん』と『浩子さん』に熱をあげていて、

読んでいて恥ずかしくなる様な『ラブレターの下書き』まで出て来た。

そして『エミ長シール』やポエム採用時の『恵美子さんの直筆の礼状』。

『エミコサークル』にも入っていたのか『会報』まで出て来た。

『浩子さん』の物はあまりなく、

当時の番組『ギャルギャル神戸』の有志が作った『会報』くらい。

 

 それ以外には北海道への憬れが頂点に達している時期の、

色んな葛藤を記したメモや、同士、友人、憧れの君などからの手紙やはがき、そして下書き。

今読んだら恥ずかしいような事を、こうもはっきりと書いていたのかと驚くあの当時。

そして、改めてその内容から当時は気が付かなかった『新事実』。

もう確認はできない過去の事だけれど、確かに『青春』していたあの頃。

悩み苦しみ、まわりの多くの人に迷惑かけたりしながらも、一途に生きていたあの頃。

『恵美子さんや浩子さんの声』に心の安らぎを求め、

何かを探し求めていて懸命に生きてたあの頃。

今ではすぐ結果を考えてしまうけれど、あの頃は『時もゆっくり過ぎていた』けれど、

『結果に結びつく経過』も大切に思ってたし、世間もそんな風潮だったように思う。

 『封印』していたほうが、良かったのではと一瞬思ったけれど、

『今の自分に続く』確かな過去には違いない。

今後少しずつ整理し、ここにアップできたら、、、と。

 


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